森巌寺
森巌寺は、世田谷区の、小田急線・京王井の頭線の下北沢駅より南へ徒歩10分の地に位置する、浄土宗の寺院。
江戸時代初期の慶長13年(1608年)に結城秀康の位牌所として創建。
神仏習合色の濃厚な寺院で、江戸時代には灸と針供養で知られた(森巌寺の針供養は世田谷区指定無形民俗文化財)。
山門は、鳥居を門に改造したような少し変則的な形状をしている。『世田谷区社寺史料』では淡島堂への鳥居を兼ねていると推測している。
淡島堂は江戸末期の1836年築で、拝殿・幣殿・本殿を連結した権現造の神社建築。
明治の神仏分離令まで森巌寺はこの淡島明神と北澤八幡神社の別当寺であり、八幡神社の方は独立したが、淡島明神は淡島堂として森巌寺の元に残った(ただしそもそも八幡神社は森巌寺より前からあったのを後から別当寺になったのに対し、淡島明神は森巌寺の住持が勧請した)。
本堂は昭和39年築。
前述のように、明治の神仏分離令までは、森巌寺は近くの北澤八幡神社の別当寺であった。
また、平成16年に撤去されるまで、寺院ながら珍しく富士塚があった(ほとんどの富士塚は神社にある)。