朝日森天満宮

朝日森天満宮朝日森(あさひもり)天満宮は、栃木県佐野市の、JR両毛線・東武佐野線の佐野駅より西へ徒歩8分の地に位置する鎮守社。なお、神門の扁額は「朝日森」となっている。
戦前の社格は県社
平安時代、藤原秀郷7代孫の家綱が讒言で所領を没収され、大宰府天満宮に参籠して冤罪が晴れたため、唐沢山の天神沢に天満宮を勧請して創建。なお、これには幾つか異伝がある(後述)。
江戸初期の慶長7年(1602年)、唐沢山城主の佐野信吉が居城を春日岡(現・城山公園)に移すに際して天満宮も現在地に遷座し、地名を冠して朝日森天満宮と称した。明治5年に朝日森神社と改称したが、第二次大戦後、朝日森天満宮に復した。
なお、朝日森に対する夕日森は、佐野市並木町(花岡)の安楽寺、または佐野市並木町(小野茂木)の八坂神社辺りだと言う。

一ノ鳥居
朝日森天満宮

一ノ鳥居はJR両毛線の線路南側にある。

二ノ鳥居
朝日森天満宮

二ノ鳥居より神門までの参道は、約100本の梅の並木となっている。

神門
朝日森天満宮
神門内
朝日森天満宮
拝殿
朝日森天満宮
 
朝日森天満宮
本殿
朝日森天満宮

社殿は昭和12年改築。

神楽殿
朝日森天満宮
菅神廟碑
朝日森天満宮

菅神廟碑は道真を称える碑で1787年建立。佐野市指定史跡。

神庫
朝日森天満宮
八社
朝日森天満宮

この他の境内社としては三峯神社などがある。

創建伝承の異伝

前述のように、当社の創建伝承に関して、当社の公式サイトや県神社庁のサイトは、平安時代、藤原秀郷7代孫の家綱が讒言で所領を没収され、大宰府天満宮に参籠して冤罪が晴れたため、唐沢山の天神沢に天満宮を勧請して創建したとしている。
しかしこれには幾つか異伝があり、いずれの異伝も唐沢山城主が讒言で所領を没収され天満宮で祈願して赦され唐沢山の天神沢に天満宮を勧請する点は変わらないものの、ある伝承では仁安年間(1166-1168年)に足利俊綱が京都・北野天満宮に祈り、朝廷の命で相撲をとって勝ったので赦されたとし、また別の伝承では治安3年(1023年)に佐野小太郎義綱が京都・北野天満宮に祈り、神託に従うと赦された、とする。
また勧請したのは秀郷9代孫の阿蘇八郎大夫だとも言い、当初は岩倉坊という修験道場だったとも言う。

朝日森天満宮 公式HP
栃木県佐野市天神町807 地図
アクセス:JR両毛線・東武佐野線 佐野駅より徒歩8分
佐野
エリアガイド
佐野 | 栃木県
藤原秀郷以来の佐野氏本貫地