能仁寺
能仁寺(のうにんじ)は、埼玉県飯能市の、西武池袋線の飯能駅から北へ徒歩20分の地に位置する、曹洞宗の寺院。
山号は武陽山。
文亀元年(1501年)に結ばれた小庵が草創で、天正元年(1573年)に寺院となった。
諸堂は主に昭和後期から平成期の再建だが、美しく整えられている。また拝観料を納めれば桃山期に築かれた庭園なども参観可能。
山門は昭和56年建立。
東京芝増上寺の徳川家霊廟から移した石灯籠が並ぶ。
山門からまっすぐ進むと冠木門、その手前で左に曲がると中雀門への参道となる。
中雀門は建長寺の勅使門を参考に建立。
本堂は昭和11年建立。
本尊は盧舎那仏像。
開山堂・位牌堂は昭和57年建立。
坐禅堂は、京都・蟹満寺の本堂(元禄期(1688-1704年)建立)を移築したもの。
大書院は昭和53年建立。
有料エリア
拝観料を納めると、大書院や大庫院、本堂の中を歩いて、庭園を参観することが可能。
本堂裏にある庭園は桃山期の築造で、飯能市指定名勝。
天覧山
能仁寺の裏山である天覧山(てんらんざん、標高195m)は埼玉県指定名勝。
かつては山頂に愛宕神社が鎮座したので愛宕山と呼ばれていたが、元禄年間に十六羅漢像が安置されて以降は羅漢山と呼ばれた。更に明治16年、飯能で近衛兵大演習があった際、視察のため明治天皇が登頂されて以来、天覧山と呼ばれるようになった。
丹生神社
現在、能仁寺近くの諏訪八幡神社の境内社となっている丹生(たんしょう)神社は、元慶年間(877-885年)に領主丹治武信が紀州高野山の丹生明神を勧請し、宝永3年の能仁寺改築の時にその東方の守護神となったと伝える。往古は天覧山山頂に鎮座し、元禄年間(1688-1704年)に能仁寺境内に遷り、その後に現在地へと遷座したとされる。
社殿は江戸中期の建立と推測されており、明治改元直前の飯能戦争で全焼した能仁寺の唯一の江戸期の建築遺構となる。