花畑大鷲神社
花畑大鷲神社は、東京都足立区の、東武伊勢崎線(スカイツリーライン)谷塚駅より東へ徒歩27分の位置にある、花畑(旧花又村)の鎮守。
景行天皇の代の40年(西暦110年)に東征を命じられた日本武尊が駐屯した地で、日本武尊が賊を征討したことに感謝した民が祠に祀ったとも、日本武尊の魂が死後に白鳥と化し当地に舞い降りた跡に当社が創建されたとも伝える。
異伝として、『竹の塚今昔物語』によると、島根鷲神社近くの普門寺境内にある鷲大明神の祠がお酉様の元祖で、花畑の大鷲神社や島根の鷲神社はここから分祀した、との伝がある。
江戸時代には世俗に浅草寺奥ノ院とされており、『足立区史』(昭和30年版)には、祭礼時には近郊の農家が当社に家鶏を奉納し、翌日浅草寺の堂前に放つ風習があったことが記されている。
また、現在の東京では主に11月の酉の日に催されている酉の市は、応徳年間(1084-1086年)に花畑大鷲神社から始まったとされ、当社が一ノ酉、足立区千住の勝専寺が二ノ酉、そして浅草大鳥神社が三ノ酉とされた。
社殿も幕末から明治期頃に建造された立派なものが残り、戦後に整備された小規模な庭園もある。
拝殿は江戸初期の1624年建立。足立区登録有形文化財。
本殿は江戸末期の1854年に上棟し、明治8年に竣功。足立区登録有形文化財。屋根の四方に軒唐破風が付されているのが珍しい。関東周辺では神仏習合色が濃い社殿でときどき見られる形式である。
神楽殿は大正10年建立。このほか、水舎は明治24年建立。
庭園は戦後の昭和40年築造。
小規模で新しいが、レンガの太鼓橋も架かる。
『大鷲神社史誌』には、第一社務所(母屋は明治11年建立)と第二社務所(昭和56年建立)があることが示されているが、これが第一社務所か。
例大祭
例大祭は10月初旬で、12年に一度の酉の年は大祭となり宮神輿が渡御する。この行事に関する詳細は「花畑大鷲神社 例大祭」の記事を参照。
宮神輿は江戸後期製作。台輪幅4尺2寸。
明治維新時の神仏分離までは、正覚院(花畑3-24-27)が当社の別当寺であった。