勝専寺
勝専寺は、東京都足立区の、北千住駅(JR常磐線、東武スカイツリーライン、つくばエクスプレス、東京メトロ日比谷線・千代田線)より徒歩4分の位置にある、千住の宿場町内にある浄土宗の寺院。正式には三宮神山大鷲院勝専寺。
鎌倉時代の文応元年(1260年)に創建。古くは院号は常行院であった。江戸時代は徳川秀忠・家光・家綱ら将軍の来臨があり、また寛永寺・日光輪王寺の貫主であった輪王寺宮が日光への往復の際に宿泊するなど、格式の高い寺であった。
浄土宗に属するので本尊は阿弥陀三尊であるが、千住の名の元とされる、荒川の底から引き上げられたと伝える千手観音像も収蔵している(非公開)。
明治時代建立の本堂が、インドの某寺を模したとされるコンクリート造・レンガ張りなのが特徴的。
山門は江戸末期の建立。当寺の通称「赤門寺」はこの門に由来する。この門は常日頃は閉じられているが、閻魔開きの際には開かれる。
本堂はインドの某寺を模して明治39年建立。コンクリート造・レンガ張り建築。
閻魔開き
今に残る勝専寺の祭礼としては、地獄の釜の蓋が開くとされる1月15~16日および7月15~16日において、閻魔堂の扉が開かれ閻魔大王像が開帳される「閻魔開き」が催され、この際に露店が比較的多く出る。この行事に関する詳細は「勝専寺 閻魔開き」の記事を参照。
旧日光街道から伸びる参道と境内には露店が立ち並ぶ。
開帳された閻魔像。閻魔堂の周囲には地口行灯も飾られる。
勝専寺と酉の市
勝専寺の院号「大鷲院」が示すように、当寺には徳川秀忠・家光愛中の大鷲大明神像が本堂内に安置されており、江戸時代には当寺で酉の市が立った。花畑大鷲神社が一ノ酉、勝専寺が二ノ酉、浅草鷲神社が三ノ酉とされるほどのものであったが、勝専寺での酉の市は明治期に廃絶した。