千住の宿場町
足立区の北千住駅周辺は、千住宿の中心地であった。千住は慶長2年(1597年)に、五街道の1つである奥州街道の、日本橋から最初の宿場として指定された。後に同じく五街道の1つである日光街道が開通した際にはその宿場ともなった。脇街道である水戸街道はここから分岐した。また、荒川(現在の隅田川)・綾瀬川が近かったので水運も栄えた地である。
千住宿は、現在の北千住駅付近から、万治元年(1658年)には南方へ現在の隅田川まで拡張され(新宿)、さらに万治3年(1660年)には千住大橋対岸の荒川区南千住まで拡張された(南宿)。
このページでは、足立区の北千住駅一帯の神社仏閣古民家その他を紹介する。北千住は第二次大戦で大規模な空襲を受けたものの、被害を免れた建物も比較的現存する。
勝専寺
勝専寺は文応元年(1260年)創建の浄土宗寺院。正式には三宮神山大鷲院勝専寺。
明治時代建立の本堂がコンクリート造・レンガ張りなのが特徴。
当寺に関する詳細は勝専寺の記事を参照。
千住本氷川神社
千住本氷川神社は徳治2年(1307年)創建。末社久須志神社(旧本社社殿)は日光東照宮造営に奉仕した大工が建立したと伝える。
当社に関する詳細は千住本氷川神社の記事を参照。
横山家住宅
地漉き紙問屋であった横山家住宅の見世・主屋は1860年竣工で、足立区登録有形民俗文化財。外蔵は明治9年竣工。
なお、千住宿歴史プチテラスに当家の旧内蔵が移築されている。
(エリアガイドには不掲載。)
和食 板垣
和食板垣は昭和13年築の旧板垣家住宅。国登録有形文化財。
長円寺
長円寺は寛永4年(1627年)創建の新義真言宗の寺院。
四国八十八箇所の石碑群や、石蔵造りのめやみ地蔵堂などがある。
当寺に関する詳細は長円寺の記事を参照。
四丁目氷川神社
四丁目氷川神社は元禄4年(1691年)創建。社殿の緑青と社殿基壇の欄干の黒光りが美しい神社。
当社に関する詳細は四丁目氷川神社の記事を参照。
名倉医院
名倉医院は、江戸時代より骨接ぎの医院として知られる老舗医院。
幕末に建てられた主屋や長屋門、土蔵、庭園などが残り、足立区の史跡に登録されている。
当所に関する詳細は名倉医院の記事を参照。
安養院
安養院は鎌倉時代に北条時頼が創建した、真言宗豊山派の寺院。正式には西林山長福寺安養院。
表門・本堂・庫裏は大正13年の、観音堂は平成19年の建立。令和4年、庫裏の玄関に銭湯「大黒湯」の屋根の一部が移築された。
当寺に関する詳細は安養院の記事を参照。
清亮寺
清亮寺は元和5年(1619年)創建の日蓮宗の寺院。山号は久榮山。
山門は昭和6年修理。本堂は江戸後期の1833年の、庫裏は昭和6年の建立。
当寺に関する詳細は清亮寺の記事を参照。
NTT千住庁舎
NTT千住庁舎は昭和4年竣工。旧千住郵便局電話事務室。
千住神社
千住神社は延長4年(926年)創建。社格は足立区で唯一で最高の郷社であった。当社には防空壕も残る。
当社に関する詳細は千住神社の記事を参照。
慈眼寺
慈眼寺は政和3年(1314年)創建の新義真言宗の寺院。正式には千龍山妙智院慈眼寺。
本堂や客殿・庫裏は戦災焼失し戦後に再建されたものだが、小堂群は戦前からのもの。
当寺に関する詳細は慈眼寺の記事を参照。
市川歯科医院
市川歯科医院は町中の小さな和洋折衷建築。市川家が大正14年購入。
仲町氷川神社
仲町氷川神社は延喜年間(901-23年)創建。拝殿が洋風の柵に囲まれているのが珍しい。
当社に関する詳細は仲町氷川神社の記事を参照。
仲町の家
仲町の家は、大正~昭和初期に建てられた商家の離れ(別宅)を公開したもの。
当地に関する詳細は仲町の家の記事を参照。
源長寺
源長寺は慶長15年(1610年)創建の浄土宗の寺院。正式には稲荷山勝林院源長寺。
山門前に赤色を帯びた砂の枯山水庭園が整備されている。
(エリアガイドには不掲載。)
千住宿歴史プチテラス
千住宿歴史プチテラスは、地漉き紙問屋の横山家の内蔵(1830年建造)を移築したもので、展示会などに使われている。
なお、横山家の見世・主屋・外蔵は元の場所に残る。
(エリアガイドには不掲載。)
橋戸稲荷神社
橋戸稲荷神社は千住大橋の近くに鎮座する神社。
創建は延長4年(926年)とも延徳2年(1490年)とも言う。本殿は土蔵造で、扉内側に伊豆長八の鏝絵が施されており、年3回公開される。
当社に関する詳細は橋戸稲荷神社の記事を参照。