増上寺と芝公園周辺の神社仏閣を紹介。
増上寺・芝公園の東側
芝大神宮
芝大神宮は、明治初期に一時的に准勅祭社の制が定められた際には、その12社の1つとなった神社(うち都区部にある10社は現在、東京十社を名乗っている)。戦前の社格は、東京府(東京都)の府社。
当社についての詳細は芝大神宮の記事を参照。
常照院
常照院は、一帯に分布する増上寺の子院の1つ。創建時は不詳だが、江戸時代の前から存在した。
本堂内陣は1769年建立の土蔵造で国登録有形文化財。その外側は昭和3年に建造された石積外壁に覆われており、内陣を外から見る事はできない。
広度院
広度院(廣度院)は一帯に分布する増上寺の子院の1つ。
表門及び練塀は国登録有形文化財で江戸後期の建造。
常行院
常行院は一帯に分布する増上寺の子院の1つ。
昭和9年建立のRC造の納骨堂は国登録有形文化財。
芝公園 松原の番所跡
芝公園は、明治6年に上野・浅草・深川・飛鳥山と共に、日本で最初に指定された公園。増上寺境内を含む公園だったが、戦後の政教分離によって境内の部分が除かれた。
増上寺の東側の芝公園には、江戸時代の番所跡と伝える土塁に挟まれた鍵曲りの通路の遺構がある。
増上寺・芝公園の南側
芝東照宮
芝東照宮は、明治維新前は増上寺で安国殿と称され徳川家康を祀っていたが、維新時に増上寺から分離された。安国殿の創立は元和3年(1617年)である。
壮麗だった社殿は第二次世界大戦で焼失し、戦後に鉄筋コンクリートで再建され、当時のもので残るのは鳥居などのみ。また1641年に徳川家光が手植えしたと伝えるイチョウが東京都指定天然記念物となっている。
日光・久能山・上野と当社とで四大東照宮だと称している。ただし、日光・久能山を別格として、それに自らを加えて日本三大東照宮だと称している東照宮には、仙波東照宮(埼玉県川越市)、鳳来山東照宮(愛知県新城市)、滝山東照宮(愛知県岡崎市)がある。
(エリアガイドには不掲載。)
妙定院
妙定院は増上寺の子院。宝暦13年(1763年)創建。熊野堂と上土蔵が国登録有形文化財。当寺についての詳細は妙定院の記事を参照。
芝公園 梅林
増上寺の南方の1号地には梅林がある。
梅は、西新宿にあった梅屋敷銀世界より明治期に芝公園の16号地に移植され、昭和41年に1号地に再移植されたもの。
芝丸山古墳
芝丸山古墳は全長112mの、都内最大級の前方後円墳。5世紀中期頃の築造で東京都指定史跡。
江戸時代に墳丘が3m削られ、その際に埋葬部も失われた。
現在、墳丘上には、増上寺の鎮守である丸山随身稲荷大明神の祠もある。
増上寺・芝公園の北側
安蓮社
安蓮社は増上寺の子院。
堂宇はビジネスビル風だが、歴代大僧正の立派な墓所がある。
松蓮社
松蓮社は増上寺の子院。
背後に弁財天が祀られている洞窟霊場である弁天洞があり、毎月1・17日に公開される。当寺についての詳細は松蓮社の記事を参照。
青松寺
青松寺は、曹洞宗の名刹。愛宕グリーンヒルズと調和した現代的でありながら、同時に伝統的でもある堂宇が並ぶ境内となっている。当寺についての詳細は青松寺の記事を参照。
愛宕神社
愛宕神社は、愛宕山(26m)の山頂に鎮座する神社。慶長8年(1603年)に京都の愛宕神社を勧請して創建。当社についての詳細は愛宕神社の記事を参照。
増上寺・芝公園の西側
金地院
金地院は、東京都港区の東京タワーの麓にある、臨済宗南禅寺派の寺院。八戸藩及び七戸藩の藩主であった南部家の大規模な墓所が残る。当寺についての詳細は金地院の記事を参照。
心光院
心光院は増上寺の子院。
表門は江戸中期に当たる1743年の、本堂は昭和30年の建立で、ともに国登録有形文化財。
宝珠院
宝珠院は増上寺の子院。寺の前には弁天池がある。本堂・弁天堂・閻魔堂は平成30年に建て替えられ一宇にまとめられた。
(エリアガイドには不掲載。)
芝公園 もみじ谷
増上寺の西側の芝公園にはもみじ谷がある。
もみじ谷のもみじの滝は、明治38年に長岡安平によって作園された。