穴八幡宮
穴八幡宮は、東京都新宿区の、東京メトロ東西線の早稲田駅より北西へ徒歩2分の地に位置する鎮守社。
牛込の総鎮守を名乗る(なお、牛込の総鎮守は神楽坂の赤城神社も名乗っている)。
平安時代の康平5年(1062年)、源義家が奥州征討の帰路、当地に八幡神を祀って創建。社殿は第二次大戦の戦災で焼失し、戦後、本殿や拝殿こそRC造で再建されたが、平成期に楼門、出現殿、鼓楼、手水舎、布袋尊堂が木造で再建された。
表参道の一ノ鳥居は、亀腹(縦柱が乗る台石の上部)が文字通り亀型をしている。
楼門は平成10年建立。表側には随神が、裏側には神馬像が収まる。
布袋尊舎と手水舎は平成30年建立。
社殿はRC造で、本殿・幣殿・拝殿を連結した権現造。
鼓楼は平成27年建立。鼓楼は神社では珍しい(寺院でも関東では鼓楼は珍しい)。
出現殿の社殿は、平成18年に木造・黒漆塗りで再建。
八幡大菩薩の本地仏である阿弥陀仏の像が寛永19年(1642年)に出土したと伝える神穴の前に建立。
令和元年に建てられたこの鳥居は、貫(上から2番めの横柱)に鳩像が留まり、根巻(縦柱の最下部の装飾)にも特徴がある。
根巻には亀と蛇が絡み合う。
年中行事
例大祭
穴八幡宮の例大祭は9月中旬で、宮神輿は三年に一度渡御する。かつては例大祭の一部であった流鏑馬は、現在は分離されてスポーツの日に開催される。
高田馬場流鏑馬
10月のスポーツの日に奉納される高田馬場流鏑馬では、穴八幡宮の神事後、会場となる戸山公園へと騎馬行列が向かい流鏑馬を行う。また同日、江戸時代には同一の祭礼であった放生会が隣の放生寺で行われる。この行事に関する詳細は「穴八幡宮 高田馬場流鏑馬」の記事を参照。
冬至祭
穴八幡宮は冬至から節分にかけて、金運のお守りである「一陽来復」の御守を頒布することでも有名である。冬至には境内には多くの人が集まり、露店も出る。また「融通」に通じるのでユズも売られる。
このお守りは新宿区内では、隣の旧別当寺放生寺や、近くの水稲荷神社、四谷の須賀神社でも授与している(放生寺や須賀神社では「一陽来福」)。また区外の神社でも授与しているところがあるが、いずれにせよ穴八幡宮のものが最も有名。なお、このお守りは、早く入手すればするほど縁起が良いと言われるため、売ってる期間が比較的長いにも関わらず、みな頒布開始日に入手しようとして大変混雑する。
代々木八幡宮と関連する伝承
代々木八幡宮側の伝承だが、代々木八幡宮の神体の神鏡が室町末期に野盗に盗まれたが、怪異があって、恐れた賊は、ある穴に投げ捨てた。これを住民が祀ったのが穴八幡宮だ、との伝承がある。
放生寺
穴八幡宮の隣には、明治の神仏分離まで当社の別当寺であった放生寺(正式には光松山威盛院放生寺)がある。
高野山真言宗の寺院で、江戸初期の寛永18年(1641年)創建。
右側にある塀は穴八幡宮の出現殿の塀。
本尊は聖観世音菩薩。
神変灯籠堂は、修験の開祖である神変大菩薩(役行者)を祀る。
近くには早稲田大学などがある。